思わぬ影響

何気ないことが知らず知らずのうちに、人に影響を与えていることがよくあると思う。

誰かが言ったことを自分が金言として大事に覚えていたり、その逆だったり。

 

例えば高3の時。私はクラスの副委員長で、前期の間はずっと1番前の席にいた。受験勉強で心が荒むだろう、と教室に来る同級生全員にいちいち「おはよう!」と朝から声を掛けていた。教室で勉強したい人にとってはうるさかったかも。

卒業式の日、クラス全員が一言ずつ言う時間があった。母校は上品な学校だから目立ったいじめはなかったけど、それでも浮いている子は何人かいた。うちのクラスにも浮いている子が1人いて、その子は涙ぐみながら「毎朝挨拶をしてくれて嬉しかった」と言った。

何気なく毎日していた挨拶が、人の活気になるのだなあと心に沁みた。

 

部活でも思わぬことがあった。

小さな部活で、私と二つ下の後輩たちしか来ないような環境だった。だから私は後輩たちにいつも自分のしょうもない話をしたり、たまには勉強を教えたりしていた。私の話、うるさいだけかなあと思ったりもしていた。

でも引退する時に「いつも色々面白く話してくれてありがとうございました」「あの時に勉強を教えてもらわなければつまずいていました」とか言ってもらって、ああ何かは響いていたんだなと嬉しかった。

また、文化祭の手伝いにも影響があった。私は自分のいた弱小部活がすごく大事だったから、もう引退している高3の時にも文化祭の準備の手伝いに行った。高3の参加は任意だから、行かない人も沢山いる。当時中1だった子は高3で手伝いに来る私に感化されたらしく、本人が高3になってから私を見習って手伝いに行ったらしい。

 

サークルでもそんなことがあった。

私はサークルで会計をしていたが、領収書の体裁などをみんなに共有して守ってもらわないといけない。世の中には、詳細事項をよく読まずにまず人に聞く人種がいる。私はとにかくそれが嫌で、自分もできるだけ自力で調べるようにしている。

私が会計をしていた当時、一年生の子に領収書の書き方を聞かれて「説明は読むためにある。読まずに鳴かないこと」と体裁をまとめたファイルを提示した。きつい対応だな〜という意見があるのもわかる。でも1人に答えるなら全員にも答える義理があり、そんなことをしてはキリがない。

一年生の子には私の発言が刺さったらしく、後に会計になって私の金言を掲げたらしい。

 

あとはまあ、好きな人ができて垢抜けるとか、憧れの人を追って大学に無事入学するとか、色んな例を目にしてきた。

 

今はいいことばかり挙げてきたが、私が悪い影響を与えてきたことも多々あると思う。私が誰かに言われたことを、いつまでも根に持つように。

 

何事も仏教でいう「縁起」だなあと思う。

人の言葉や行動に左右され、自分の挙動も人の未来を左右している。

自分の一挙一動に責任を持たねばと思う。